Posts by: Jui-Chang Lee

ブログ7:仏教

私の家族はお正月にいつもお寺にお参りに行き、貢物を出して、神様に新しい年の生活について願うという伝統があります。お正月のお寺には和尚さんがたくさんいるし、信者も多いし、私は子供の時に仏教の発祥の地は台湾ということを信じていた。そして、私がうそをついた時、母は「死んだ後、醜悪な鬼がお前の舌を抜く」と私に言った。どうやら、仏教に詐欺などのは大変な罪ですね。しかし、この話には仏教の厳粛さを分かります。仏教に一生を差し上げた年上の和尚は他の人に崇敬されます。そして、高尚な和尚が逝去してしまう時は必ず極楽浄土に行きます。それは、和尚だけではなく、仏教信者の一生の望みです。

ブログ6:インド

インド共和国は南亜細亜にある一番大きい国です。インドは昔、大英帝国の殖民地の一つになりました。イギリス東インド会社は1849年に全インドを占領して管轄権をもらいました。その後、イギリス政府は1857年のインド大反乱を鎮圧して、政府は全責任を負っている東インド会社を解散させ、インドの管轄は政府が続けました。第二次世界大戦の後、イギリスが弱くなり、インドの逸材:マハトマ・ガンデイーはインドの独立を頑張りでついに1947年に成功しました。しかし、ヒンドウー教とイスラム教との紛争を平和的に解決できないことは、ガンデイーの一生の遺憾です。頑固なヒンドウー教信者はムスリムを迫害することはこの災禍の禍根です。パキスタン(イスラム国家)が南亜細亜の一隅に成立した理由はも宗教の違いです。両国はカシミールの帰属のために三回の印バ戦争をしました。そして、インドはパキスタンを威嚇したいために、核兵器を開発しました。パキスタンはその恐喝の反応は自分の核エネルギーを研究しました。今のカシミールアリアはとても混乱の地区です。また戦争をすることを見たくないです。

ブログ5:台湾と中国

この文はちょっと敏感な政治状況を含まっていますが、大陸の人に犯すつもりはないです。   現代人はよく台湾と中国の違いを考えていますね。実は、台湾でも中国大陸でも「中国」と呼ばれていいです。西暦1911年、中国の国家主義者は清朝の皇帝を討伐して、政府を覆した。中国にある最後の封建制度の政府が滅亡された後、中国国民党は1925年に国民政府を成立し、1927年に北洋軍閥を倒して全中国を統一しました。そして、ソ連と中国共産党が国民政府を反抗する憂慮があったので、国民党は共産党に鎮圧し始めました。戦争は1927から1937年まで戦っていました。しかし、日本は1937年に中国を侵略されたので、両党の紛争はまだ解決したでも盟約を締結しました。第二次世界大戦が終わった後、両党はまた決裂して第二回の内戦をしまじめました。国民党はその戦争を負けて台湾に撤退しました。1949年に共産党は中華人民共和国を成立した後、台湾との戦いがまだ続けていて、戦闘機を撃墜したこともありました。現在、戦いはもう終わったが、お互いにまだ戒心を持っています。 台湾と中国大陸の問題はまだいますが、私のような現在の台湾人はもう大陸を奪回するなどの幼稚な考えを持っていません。絶対勝てないからですね(笑)。

ブログ4:十字軍

十一世紀の時、欧州諸国はほとんどキリスト教を信じていました。キリスト教の中に、西欧はカトリック教会を信じて、東欧は正教会を信じていたが、皆は十字架の下で神様を奉仕した人なので、状況は平穏になっていました。問題はアジアでした。キリスト教会は東にいたイスラム教を邪道にして、それを信じていたムスリムが邪悪な人だっと思いました。そんなひとはキリスト教の聖地エルサレムを占領したのはイスラムからの侮辱だから、倒しなくちゃいけません。そのために、教会は十字軍という軍隊を創立しました。十字軍は色々な国から参加した騎士なので強くて装備もとても豪華でした。特に、その中の騎兵隊は全身甲冑を装備したから、戦力は高い。しかし、八回の遠征は失敗しました。ムスリム戦士の勇敢さと色々な城郭は十字軍よりもっと強かった。欧州からの多くの騎士は戦争で犠牲したので、戦力は足りないからついに遠征を放棄しました。十字軍東征は、キリスト教会の虚栄心を満足したいから発動してしまった戦争だけです。

ブログ3:マヤ文明

マヤ文明は紀元前3000年から西暦1521年にメキシコに栄えた桃源郷のような文明です。でも、ほとんどの人の考えと違い、マヤ文明は一つの国ではなっかた。それは、多くの町は都市国家として、マヤ文化圏に入れたのです。全盛期のマヤ文明には、数百以上の都市国家があり、金字塔や石塔などの偉大な建物がたくさん建築しました。しかし、マヤ文明は九世紀頃に衰退しました。原因はまだ不明ですが、他の文明からの侵入者や気候の変動などのはその原因の可能性があります。マヤ文化はその後に建国したアステカという新しい国を継承した。しかし、西暦1519年、スペイン人はこの未踏の世界に到着しました。スペイン人は銃や大砲などの恐怖の武器を持っていたので、アステカ人が戦争を負けた。そして、国の宝物が盗難にあわれてしまいました。それに、多くのアステカ人はキリスト教を受けていなっかたので、スペイン人に頭が鈍い人と思わされて迫害されました。住民は都市から脱出して、森に避難しました。マヤ文明は今もう存在したいですが、マヤ人はまだメキシコに生きています。それは、元のマヤ人やアステカ人の子孫たちです。そんな長い歴史を経験した後はまだ生きているのは、不思議だっと思います。

ブログ2:大英帝国

大英帝国はヨーロッパにあって、長い歴史を持っている国の一つです。その長い歴史には輝かしい瞬間があります。例えば、イギリスは島国なので、他の国からの襲撃を反撃できるから、強い海軍を作る需要があります。そのために作った海軍の強さは十六世紀のスペインや十九世紀のフランスとの戦いに世界を証明し、色々な話が記載されてしました。しかし、英国の海軍は国を守るだけでなく、帝国のために新世界を征服することもよく助けてあげました。その時代、遠征していた艦隊は大英帝国の象徴だといわれていました。イギリス人は未知の世界を発見して、それを拓殖しました。七年戦争の後、フランス人がインドから脱出して、イギリス人は全インドを占領した後、大英帝国は「太陽の沈まない国」の称号をもらいました。その時、インド、北米、オーストラリアは全部帝国の領土で、イギリス人の足跡はどこにも見えます。それとの貿易を独占したので、帝国の経済をよくなりなした。しかし、原住民の惨状は一層厳しくなっていました。大英帝国は彼らを弾圧して、奴隷として売りました。そして、アメリカ人などのもとイギリス人の願いも無視したので、抵抗したいと考えていた人も多くになりました。それはイギリスの歴史の汚点の一つです。

ブログ1:北朝鮮と世界

西洋諸国にとって、北朝鮮はいつも危険な存在だといわれています。特に、北朝鮮と韓国の関係は1950年の朝鮮戦争以来いつも厳しい。その戦争を決めた北緯三十八度にある両国の国境線はもう世界で一番大変な場所になりました。その原因は、韓国は西洋諸国の盟友なので、戦争がもう一度始まる可能性があります。更に、韓国はいつも北朝鮮から越境して逃げた人に援助してあげるので、北朝鮮に出したい人があります。北朝鮮はそれを止まるために鎖国しました。現在、北朝鮮に住んでいる人は外国の新聞がぜんぜん見えないので、外の世界の状況は皆目見当がつかない。それに、今は北朝鮮に旅行できますが、北朝鮮の人は外国人によく戒心を持っていますから、外国人と国民を話すのは禁止することです。数年前、北朝鮮はアメリカからの観光客を監禁されてしました。北朝鮮はいつもアメリカが敵とするので、アメリカ政府は緊張しになって、それを介入しました。北朝鮮と交渉した時、手に汗を握た場合もあります。でも、北朝鮮は最後に人質をアメリカへ安全に返還しました。しかし、外国、特にアメリカとの関係をよくなりたいなら、まだ色々なことをしなければならない。